流鏑馬
武田流弓馬道

武田流司家

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武田流司家の経歴

武田流司家 金子四郎家教

金子四郎家教

かねこしろういえたか

昭和十年 明治神宮流鏑馬神事にて初陣

昭和五十四年 三月十五日 先代より後継之書を授かり、寒川神社流鏑馬神事より天長地久之式を行う

昭和五十五年 六月二日 先代金子有鄰鎌倉に没し、弓馬軍礼故実司家芸州武田氏正統師範を継承する

昭和五十八年 (社)大日本弓馬会理事長に就任

平成二年 (社)大日本弓馬会会長に就任、現在に至る

第三十四代司家で父、金子有鄰翁より小学四年生の時から手ほどきを受けて馬に乗り、昭和十年旧制横浜二中・二年の時、明治神宮流鏑馬神事にて初陣。その後大東亜戦争により獣医官として従軍する。戦後、存亡の危機にあった流鏑馬神事の復興に努め、さらに黒澤明監督の懇願により七人の侍・蜘蛛巣城・隠砦の三悪人・影武者などに出演、弓馬術指導を行う。以来、明治神宮、鎌倉鶴岡八幡宮、寒川神社、三嶋大社など全国各地で古式馬術の普及に努め、フランス、ドイツ、ブラジル、モンゴル、バハレーン王国、オマーン王国等の海外流鏑馬公演も行う。平成七年ブラジル、サンパウロ州政府よりバンデランテ勲章を授与、平成九年には鎌倉市市制功労者として表彰される。